Kingdom Fellowship Church

Message Outlines

2006.11.05


苦しみと試練から学ぶ


神のご計画は単に私たちを地獄行きから天国行きにすることではなく、神の子とすることです。そのために神は御子を下さったのです。私たちのいのちとなるために、神のロゴスは人となり、人間生活、死と復活を経て、いのちを与える霊として今私たちの内に御霊によって臨在されます。私たちが自分の道にさまよい出るとき、私たちはサタンの罠に落ちることがあるでしょう。神はヨブのケースのように時にそれを許されます。私たちを練りきよめるためです。罪の結果による私たちの堕落の程度は相当に深いものあるのです。クリスチャンの人生とは何の困難も苦しみもないハッピー人生を思い描くのでしたら失望に終わることでしょう。私たちはキリストを分として得ておりますが、そのいのちはまだ私たちの旧い体の中に制限されているのです。そのいのちが現れるために、私たちの旧い人が割られる必要があります。失敗や困難に落ちた時、そこから逃れようと焦るのではなく、まず御言葉に思いを置き、御言葉を祈り、神の憐れみを求め、神の裁きに信頼して委ね、敵の偽りを見破るための識別力をいただき、いのちの道へと立ち返ることです。自分から目を離し、キリストへと転帰することが悔い改めです。信仰とは自分の道を取るか、キリストの道を取るかの選択です。キリストの道とは低くされる道、人が喜ばない道、自分が損失を受ける道です。


<<週報&メッセージアウトライン>>
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詩篇119編57-72節;ローマ8:28-32

@大前提:主は私の分(57節)→神のご計画はいのちを与えること(ヨハネ10:10)
 ・神の第2位のロゴスが人となる→人間生活→死と復活→昇天→聖霊を下す→いのちの実体を届ける(ヨハネ14:6;使徒2:28)
 ・いのちに至る道は狭く、見出す者が少ない(マタイ7:14)→キリスト教(宗教)とキリスト(いのち)の違いに注意


Aいのちの道から反れた時(58-72節)
 ・御顔が和らぐのを心を尽くして願い求め、憐れみを求める→私たちの心の反映(比較詩篇103:10;詩篇27:9;ローマ5:20)
 ・自分の道を思い返し、立ち帰って神の定めに足を向ける(悔い改め=向きを変えること;ヘブル12:2)
 ・ためらうことなく戒めを守る(60節)→意志による選択(信仰)
 ・敵の罠に抗する道は律法を忘れないこと(61節)→敵の策略とに抗する(エペソ6:11はmethodeia=方法・手段;2コリント2:11はnoema=意図・思惑)
 ・神の裁きに信頼し、委ねる(62-63節)
 ・この地は主の慈しみに満ちている(64節)


B試み・苦しみ・失敗からの学び(65-72節)
 ・恵み深い取り扱い、判断力と知識を祈り求める(65-66節)
 ・苦しみにあって学びがあり、すべては益となる(67-71節)→自分を中心にするのではなく、神のご計画の成就のため(ローマ8:28-29)
 ・神の口から出る律法は幾千の金銀に勝る恵み(72節)


Cすべてキリストにあって(私の中でなく)、キリストのゆえに(私の何かによらず)、キリストのため(私の目的のためでなく)に成就される(=実体なるキリスト)


■暗証聖句

119:57 主は私の受ける分です。私は、あなたのことばを守ると申しました。
119:59 私は、自分の道を顧みて、あなたのさとしのほうへ私の足を向けました。
119:64 主よ。地はあなたの恵みに満ちています。あなたのおきてを私に教えてください。
119:65 主よ。あなたは、みことばのとおりに、あなたのしもべに良くしてくださいました。
119:66 よい分別と知識を私に教えてください。私はあなたの仰せを信じていますから。
119:71 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。
119:72 あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるものです。
8:28-32 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。・・・神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。・・・神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。